2013年07月17日

葬儀とお墓の関係性。

病院を出て葬儀屋さんと一緒へ自宅へ。
きっとそれぞれ思う事もあったと思うが終始無言。
自宅へ着いたのは夕方であったと思う。

自宅に着いたらもう一度お悔やみの言葉をもらい
すぐさま葬儀の打ち合わせになる。

この時点では通夜・告別式の会場は決まっているので
詳細を決めていく事になる。

我が家の場合はお坊さんの手配からである。

無信仰ではあるが滞りなく葬儀を済ませる為に
いわゆるお経をあげるような普通の形の葬儀をする。

というのが我が家の選択である。


葬「お付き合いのお寺さんなどないという事で
  お坊さんはこちらでお願いするというお話でしたが…」

 「はい。お願いします。」

葬「宗派はどうしましょうか?」

 「はい?何と何があるんですか?」

葬「えっ…と。2つや3つでは無いんですよ。。。」


という感じの流れである。

一口に「無信仰」と言ってみた所でいろいろな立場があります。

普段、信仰を意識していない人は多くても
いざ葬儀の段になれば親族に確認したりすれば
宗派なども決まってくる場合もあるハズだ。

「無信仰での葬儀」を考えるのであれば

まず最初に注意しなければならないのは「お墓」の事。

亡くなられた家族が入るお墓が既にある場合には
よく確認しないと後々面倒になります。

例えば先祖代々続いているお墓に入るのであれば
そのお墓を管理しているお寺などあった場合には
他の宗派や無信仰で葬儀をした場合には納骨を拒否される事がある。

これはキリスト教でも同じ状況になる場合がある。
というかむしろ仏式より厳しいかもしれない。

一般的に戒名や法名が着かないキリスト教式の葬儀は
予算的にお金がかからないと言われている。
今回のように付き合いある教会がなく葬儀の時のみ
手配するのであれば実際価格が抑えられるかもしれない。

しかし信仰として実践している場合にはいろいろな制約が出てくる。
妻が教会が持っている共同墓地に納骨されていても
その夫が全く教会の活動に参加していないと
夫婦といえど同じお墓に入れてもらえない事もある。
当然、仏式で葬儀をしたら受け入れてもらえるハズもない。

至極あたりまえの事であるが
「うちの父さんは神様とか信じてなかったから〜」
という理由で無信仰の葬儀をしてしまった後で
「先祖代々のお墓に〜」というは
そのお墓が無信仰の霊園などにある必要がある。

もちろん自身で無信仰の霊園にお墓を新た買うのであれば問題はないが
「入るお墓があるのにあえて」そうするのであれば
これは一般的にいう「普通では無い行為」になるので
きっと親族から文句…というか意見を言う人が出てくる可能性もある。
やはり以前書いた通りこの場合も説明と説得が必要になる。



さてウチの場合。

以前のエントリーで書きましたが
父方の祖母が熱心なクリスチャンである。
その影響で父の兄弟は父以外クリスチャン。

つまりキリスト教の付き合いのある教会が持っている
共同墓地に祖父母・兄弟が入っているものの
我が家はそこに入れるという選択肢は無い。

しかしその前、曾祖父の代まで遡ると
クリスチャンとは無縁なので別のお墓がある。

もちろん「そのお墓に入れてはどうか?」という話も
親族から出たが母もボクも含め一度もお参りに行った事もないし
そもそも祖父母も兄弟もそこに納骨されていないので
ほとんどだれもお参りに行かない状態のお墓なのである。

さらにそこはお寺管理になっているとの事で
もはや入れる意味は全くない。

という事でお墓は新しく買うのが決まっていた。
あらゆる意味でフリーな状況なのである。


さて冒頭の話に戻る。

葬「えっ…と。2つや3つでは無いんですよ。。。」

 「別にどれでもいいんですけど。。。」

葬「えっ?」

ひとしきり我が家の宗教観と事情の説明。

葬「なるほど。ではお住まいの地域で多い宗派という事にしましょうか?」

 「じゃ、それで」

来て貰ったお坊さんには申し訳無いが
もはや手配してもらった宗派がドコであったか忘れております。


posted by shin at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.葬儀まで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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