2013年07月09日

どのような葬儀にするのか その1

通夜・告別式をやる事にしおおよその
参加人数から会場の目処がついた所で
「どのような葬儀にするか」の話になります。

「仏式でもキリスト教の形式でも対応できます。
 お付き合いのあるお寺さんなどなければ
 コチラでお願いしてお坊さんを呼ぶこともできますが
 どのような形にしましょうか?」

先に書いたエントリーのような宗教観
我が家には大変悩ましい問題になる。

とりあえずボクには何もわからないので
率直に聞いてみる事に。

「無信仰の人がやる葬儀というのもあるんですか?
 お坊さんを呼ばずに焼香ではなく献花にするとか…」

「はい。もちろんそういった葬儀でも対応できます。
 献花用の台やお花を用意する事もできますし。
 例えば生前に好きだった音楽をかけて行うような
 音楽葬ですとか…ただ決まった形式はないので…」

「……」

なるほど。である。

この段階でのボクのイメージでは仏式やキリスト教式と同様に
無信仰向けの一般的なフォーマットがあると思っていた。
しかし実際には無信仰での葬儀というのは主催者の自由。

もちろん葬儀社さんによっては無信仰葬儀の
フォーマット・プランを持っている所もあるかもしれない。

しかしこの時点では「あるかもしれない。」というだけで
限られた時間の中で実際あるかどうか調べる時間も無いし
遺体搬送・通夜、告別式もお願いする流れになっている。
(もちろん契約書を交わしていないので流れを止める事も可能ではあるのだが…)

その事からも、やはり以前に書いた

葬儀屋を決めるタイミングは早ければ早いほうが良い。

という事になる。


「どうしようか…」

などと家族で話していると葬儀屋さんは

「ご希望にそえる会場が埋まってしまう可能性もあり
 早く会場を押さえる必要があるので一度確認してきます。
 その間にご家族でお話合いしておいていただけますか。」

と、その場を離れる。

posted by shin at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 2.父が亡くなったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月08日

葬儀の準備が動きだす。

遺体の搬送のお願いをする為に病院を通じて呼んでもらった
葬儀屋さんへ通夜・告別式までお願いする事になった。


葬儀屋さんは搬送車の手配をしたらスグに
病室にて葬儀の概要についての打ち合わせが始まる。
よく「悲しむヒマも無い」と言われるが
父が他界してからまだ1時間経っていなかったように思う。

遺体のある病室内で最初の打ち合わせが始まる。

「どういった葬儀をお考えですか?」

何も準備していなかった遺族からすればそう言われても…状態である。

「簡素な形で送りたいとは思うんですが…」

正直コチラは何を伝えたらいいのかわからない。
葬儀屋さんも気を遣いながら話をしてくれるが
早く決めなければならない事も多いので
少々焦り気味、というかまくし立てられる印象。

後から思い返してこの記事を書いている訳ですが
この段で葬儀屋さんが確定したい事は以下の順。
-
1.通夜・告別式はするのか?
 もっとも簡素な形をしては直葬があります。
 通夜・告別式など行わずに火葬をする形です。
 つまり会場が必要かどうか?を先に確定したい。

 ちなみに直送が最も簡素ではあるものの
 搬送、納棺、安置、死亡診断書の提出と火葬埋葬許可書の取得などが
 必要になりますのでやはり葬儀屋さんにお願いする必要はあります。
 それでも費用的にはもっとも押さえられる方法。

2.何人程度参加するのか?
 通夜・告別式をするとなれば会場を押さえる必要があります。
 家族葬を行う場合でもドコまでの親族を呼ぶかで人数は
 大きく変わるので会場を決める上ではある程度の人数は把握したい。

 とはいってもこの段で何人ぐらい来るかは正直判らないです。
 それでも会場は決めなければならないので人数を出す必要があります。
 ただ会場の大きさが5人や10人刻みな訳ではありません。

 ウチは「簡素な家族葬」としたので提案されたのは
 「20人未満の会場」「60人未満の会場」のような形でした。
 もうこの辺は父と母の兄弟の人数を基準に勘で決めるしかありません。
 親族のみで20人弱になりそうだったので必然的に
 「60人未満の会場」になりました。

3.どのような葬儀の形にするのか?
 無信仰の遺族としては最も先に考えたくなる事なのですが
 葬儀屋さんからするとまず会場を押さえる事が第一
 とはいえコレについても遺体搬送前に決める事になります。

 無信仰の我が家にとって「葬儀の形」は一番最初に困った部分。
 この事については次のエントリーで書きます。

posted by shin at 06:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 2.父が亡くなったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月06日

無信仰という信仰

このブログの説明部分

「無信仰の家族が経験した葬儀に関して〜」

この後書いて行くいろいろな出来事で
「無信仰である事」から感じた事がいくつかある。

一端ここで我が家の「信仰・宗教観」について
書いておきたいと思います。


誤解無きよう先に書いておきますが
特定の宗教 や 信仰を持つ方 を否定するつもりはありません。
信仰を持つ事で心穏やかに生きる事ができたり
人生が豊かであると考える人にはとても有意義な事でしょう。

あくまでも ボク・我が家はこうである。という説明です。


さて、皆さんはどのような信仰をお持ちでしょうか?

葬儀・法事のような行事の時以外には特に信仰を意識せずに
生活しているという人が多いのではないでしょうか?

お墓の関係でお付き合いのあるお寺さんがあるとか
お付き合いが無くても親族が亡くなって葬儀を開く際には
ご親戚の方や入るお墓の事で宗派を確認してお坊さんを呼ぶとか。

我が家の場合にはそういうのともチョット違います。

父方の祖母は非常に熱心なクリスチャンでした。
その事で父の兄弟は温度差はあるものの
父以外はみなクリスチャン。

なぜ父だけが違ったのか
断片的なエピソードはいろいろ聞いた事がありますが
そもそも論としては詳しく話した事はありません。
ただ明確な信仰を持った祖母・兄弟がいたことで
相対的に「無信仰である」というを認識して生活していた。


ボクが子供の頃、
父が運転する車に祖母とボクが乗る事があり
祖母はボクに宗教の話をしてきた。

「自分で判断出来ない子供にそういう話はしないで欲しい。」

父は話を遮った。

普段穏やかな父の自分の母親に対する
語気の強いその言葉に子供心ながら
何か感じるものがあった。

また母に祖母の信仰とは全く関係の無い文脈で
「神様は本当にいるの?」という
無邪気な質問を投げかけた事がある。

「お母さんには神様がいるかいないかはわからないけど
 もし神様がいるなら何にも悪い事をしていないお父さんを
 病気(透析の事)にした事については文句を言いたい」

なるほど。と。

まぁ細かなエピソードを書けばキリが無いのだけれど
そういう家庭で育ったボクは両親より輪をかけた形で
「無信仰である」という強い認識をもって生活してきた。

葬儀というのは誰だって慣れない行事である。
困った際には「普通は〜」というのが選択肢になる。

しかし「無信仰である」という事は
葬儀においては「普通は〜」の中には含まれず
一手間かかってしまうものだという事を知った。

それらの事に関してはこの後個別に書いていきます。


posted by shin at 05:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 2.父が亡くなったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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