2014年05月08日

【雑記】一周忌。

更新しない上に雑記ばかりが増えております。(笑

前回のエントリーで「一周忌をする事になった」と書きましたが
無事…ではないものの(笑)終える事ができました。

誤解無きよう書いて置きますが
家族と普段行き来のある少数で済ませてよいのでは?と思っていただけで
一周忌をするつもりが無かったわけではありません。
信仰の有無とは別に一つの区切りですから。

ただ母の意向としては普段行き来の無い親族に
お別れの区切りとして一周忌は招待状を送って
やるような一般的な形でしたいと。

という事でイロイロ準備をした訳です。

時系列順の記事で同じ事を書く事になるかもしれませんが
忘れないウチに。

・我が家のお墓のある霊園の会食スペースの予約
・仕出し弁当の手配(霊園側に出いるしている業者)
・一周忌の案内

まぁこんな所でしょうか。

我が家は無信仰ですのでお坊さんは呼びませんでした。

このブログの前半に書きましたが
短時間の準備で体裁を整える為に葬儀はお坊さんを呼んだのですが
以降はどのタイミングでこの体裁を辞めるか。という考えになります。
ウチの場合は葬儀の時のみで49日・納骨の時から呼びませんでしたから
必然的に一周忌も呼びませんでした。

もちろん「法事の時だけ呼ぶ」という考えもありだと思います。

通夜、告別式、四十九日・納骨、一周忌 (+三回忌)

このぐらいはいわゆる親族全体に案内を送り法事をし
以降は家族のみで済ませたりするのが一般的ではないでしょうか?
(地域によってやお付き合いのあるお寺さんがあればもっと続けるんでしょうけども…)

親族に案内を出して集まってもらう場にお坊さんがいないと
こういう言い方はなんですが「イベント感」が無いんですよね。(笑

ただ何の信仰も無く体裁を整える為に呼んだとはいえ
法事毎に違う宗派を呼ぶ訳には行きませんので(笑
呼び続けるという事は入信したような気持ち悪さがボクにはありました。
なので四十九日の段で呼ぶのを辞めました。

四十九日は納骨がありましたので多少イベント感が出せるんですが
一周忌となると坊さんがいなければ墓参りと会食ですから。

という事で一番苦労したのは案内状でした。
いわゆる法事案内状の印刷サービスをやっている業者を調べてみても
いくつかの例文を穴埋めしていく形になるのですが
坊さんを呼ばない形だと程よい例文が見つからないんですよ。

「法事」といえばそうなのですが仏教徒というわけではありませんし
坊さんが来ないのに「法要」などの言葉が入って居るとちょっと違う。
「お墓参りと会食」だと上記サービスを扱っている会社の
例文ではどれもピントこないわけです。

で、価格も枚数にもよりますが6,000〜ぐらい

ホントに自己満足の領域なのですが自分が納得する形の文章にするなら
自分で作っちまった方が早いという結論に。

カラープリンター持ってなかったので値段調べたら
今はスキャナまで付いてて10,000円前後なんですね。安っ!
スキャナは持っていたんですが機能がない方が高かったり…。

という事でプリンタ購入して自作しました。


無信仰でお坊さんを呼ばない一周忌を行う
誰かの参考になるかもしれないので
ボクの書いた文章を参考までに

-----
春分の侯、お変わりなくお過ごしでしょうか。
時が経つのは早いもので、来月には父 ○○の一周忌を迎えます。
つきましては、ご多忙中とは存じますが
皆様とご一緒に墓に参り故人を偲ぶ会食の席を設けたいと考えております。

1時間半程度のささやかな会食を予定しておりますので、
ご多忙中まことに恐れいりますがご参会賜りますようご案内申し上げます。

日時・平成○○年○○月○○日(土) 午前○○時○○分より
場所・○○○○霊園


なお、お供え等のお気遣いはなさいませぬよう、
故人のためにご足労頂けましたら、何よりの幸甚でございます。

では、会の席で再会できますことを心待ちにしております。
どうぞお元気で。

平成○○年○月
   ○○ ○○

お手数ですが、同封の出欠ハガキを○月○○日までに
投函下さいますよう、お願い申し上げます。

-----

という感じの案内状を作りました。

実際、その当日を迎えてみると…というか迎える前から
すったもんだありまして非常に大変な想いをしたのですが
それらの事は時系列の記事を書く際にでも。
posted by shin at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

【雑記】墓参り。

過疎ブログなので誰も気にしていないと思いますが
どうも更新頻度を保つことが出来ないこのブログ。

ちょっと期間が空いてしまうと「どこまで書いたかな?」と
読み返しそこであの頃の事を思い出してしまうという悪循環。
だいぶ時間が経っても改めて思い出してしまうと
まだまだツライ気持ちが蘇ってきてしまうんです。
一周忌ぐらいまでには葬儀が終わる部分まで書きたいな。と思っています。

ホントに書きたかったのはその先の事務的手続きなんだけど
あまり時間がかかるといろいろ忘れちゃいそうです。(笑

さて、昨日、休日だったのでお墓参りに行ってきました。
実家までは時間がかかるけど実家からは
バス、電車を乗り継ぐものの40分ぐらい(もっと近いかな?)の
割と近い場所にあります。
まぁ新たに作ったお墓なので近い所を選んだんですが。

本来であれば葬儀の想い出話の後、
各種手続きとかと一緒に書こうと思っていたのですが
ちょっと先に書いてしまいます。(いづれ同じ内容を書くと思いますが)

信仰とお墓に関して。

このブログでは何度も書いて来ましたが我が家は無信仰なんですね。
しかし同じ無信仰であっても温度差はやっぱりあるんです。
ボクなんかは「墓なんて無くてもいい」ぐらいの感覚なんです。
もちろん自分の家のお墓が物質としてある以上は
ある程度キレイに保って置きたいという気持ちがありますから
お墓参りに行くのは苦痛ではありません。

ご自身が強く「無信仰である」と考えている方の中には
ボクと同様に「墓なんて無くてもいい」と考える人もいると思うんです。

今は普通にいろんな弔い方がありますから
お墓を必要としない方法ってありますよね。
たとえば散骨とか。

もちろん葬儀やお骨のあり方は自分の納得する形で
弔ってあげるのでいいと思うんですが
「家族の温度差」というのは念頭に入れて置いた方がいいです。

母は特に信仰心をもっていませんが「墓参りをする」という
行為そのものが父との想いを整理するために機能していると思います。

もし家族内での温度差を無視してボク自身の考えを押し通し
仮に散骨していた場合、母の想いの行き場が無くなってしまっていた。
昨日の墓参りでそんな風に思いました。

もちろんこれは我が家の場合のお話です。

お墓に納骨しても、散骨しても、人工ダイヤでも…
家族皆の想いを叶える事を考えるのが重要だなぁ。と思います。

「墓なんていらない」と「墓はあって欲しい」で
意見が食い違うのであれば「いらない」と思う方が折れるのがいいかも。
「いらない」側は別に墓があっても参らなければ済みますが
「欲しい」側は無いと想いの持って行き場が無くなってしまう。

ボクは上記の通り「墓なんていらない」と思っていましたし
墓参りに行っても「そこに魂が〜」などとは微塵も考えていません。

ただ墓があることで「参りたい」という母の気持ちの整理になりますし、
この歳で母と連れだって出掛ける事なんてはそうそうありませんから
ボク自身は「墓があるのもいいものだな」と思っています。

もちろん墓に参ればお墓を掃除し
花を手向け線香をあげ
手を合わせる。

魂など信じていなくても家族と一緒に
故人に想いを馳せる行為には意味がある。

そういう時間と考えれば有意義だな。と考えるようにしました。
昨日は亡き父に想いを馳せると同時に
新たな挑戦の為に海外に旅立った友人に想いを馳せました。
posted by shin at 09:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月23日

雑記。【お彼岸】

手続き関連の事で実家に帰る事に。
特に急ぐ必要の無い事だったので
3連休中に帰る事にしました。

母に「今日家にいる?いるなら○○の件で行くけど」とメールと送ると
「来るならお墓参りに行きたいんだけど」と返信が。
天気も良い日だったので墓参りに行く事にしました。

世の中的にはお彼岸だったんですね。。。

これはボクが無信仰であるのとは別で
無知・無学故に気にもしていなかった。(笑

霊園につくとお彼岸という事もあってか
霊園はいつになく賑わっていました。

既にお参りを済ませたであろうお墓には
真新しいお花が飾られていて雰囲気的にも華やか。

無信仰であるボクは父が亡くなるまで
墓参りなど興味がありませんでしたが
我が家の所有物として墓が出来てしまうと
キレイにしておきたいなぁ。という気持ちが芽生えてくる。

母とのちょっとした散歩お出かけと思うと
なかなか楽しいものです。


posted by shin at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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