2014年02月24日

【雑記】一周忌に向けて

完全の放置状態になっているこのブログ。
一周忌を迎える前に葬儀が終わる所まで
書いておきたいと思ったのですが
ちょっとたどり着けそうになさそうです。

少し前までは自分の書いたこのブログの文章を読む度に
父が他界した時からの動揺状態を思い出してしまい
なかなか新しいエントリーを書くことが出来ないでいました。

時系列で書いている想い出話で次に書く事は「通夜」の状況になります。
正直、無信仰であるボクからするとお坊さんの登場する通夜以降の話は
他の方から見たら不謹慎と怒られそうな内容も含んでいる。

自分の父の葬儀に関しての事ですから
その不謹慎ともとられかねないような「ネタ」を書くのが
少々ためらわれるという気持ちもあって
更新の停滞に拍車を掛けておりました。

ただ今はだいぶ心の整理がつきましたので
何かの拍子でこのブログにたどり着いた方に
不快な思いをさせないよう
映画の感想でネタバレ部分に注意喚起をするように
ブロックやエントリー自体を分割しつつ
ガンガン書いていきたいと思っています。


さて、今日は前回のエントリーと関連した事を書きます。

信仰を持たない家族の温度差について。

前回は「信仰とお墓」に関して書きました。

繰り返しになりますので細かな事は書きませんが
「お墓がいる・いらない」は無信仰の家族であっても
温度差がありもし意見が分かれるのであれば
「いらない」と思っている方が折れてみては…。という内容です。

そしてまったく同じ事が
一般的に法要を行うタイミングで家族には訪れます。
例えば49日・納骨・百カ日 etc…

生粋の無信仰もののボクからすれば上記に上げた区切りも
仏式に考えるのであれば7日毎に訪れるものを
毎度は出来ないので便宜上簡略化されたタイミングなのですから
何もこだわる必要も無い。というのが本音です。

ただ父が他界した後にあったイロイロな場面で
ヨメに注意された事があります。

無意識であっても意識的であってもボクが本音を先に言ってしまっては
母が本当に思っている事を言えなくなる可能性がある事を考えろ。と。

本当にヨメに注意されるまでは気がつきませんでした。

母が何か思うこと。お墓の事、49日の事、その他の事。
いわゆる慣例に従わなければ…と考えているなら
「そんなの気にする事はない。ウチはウチのやり方でよい」
負担を減らすつもりで、時に無意識に時に意識的に
自分の意見を言っていました。

しかしいわゆる慣例に従う事。
というのも心の整理に必要な時もあります。

まもなく父が亡くなってから1年が経とうとしています。
当然一般的な慣例に従えば一周忌となります。

ボクの本音はこのエントリー・ブログに書かれている内容を
読んでいただければ推察していただけると思います。
ただ上記の反省がありますのでボクからは何も言わない事にしていました。

今日、母から「一周忌だけはやった方がいいと思うの」と。

「うん。ではいろいろ手配を考えておくね。」と。

ボクの性格や考え方は知っていますから
きっと母なりにかなり悩んだと思います。

この段ではボクの考えは必要ありません。
準備を始めるにはギリギリのタイミングではありますが(笑
悩んで出した母の気持ちには応えてあげたいと思います。
posted by shin at 04:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 1.父が亡くなるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

【雑記】墓参り。

過疎ブログなので誰も気にしていないと思いますが
どうも更新頻度を保つことが出来ないこのブログ。

ちょっと期間が空いてしまうと「どこまで書いたかな?」と
読み返しそこであの頃の事を思い出してしまうという悪循環。
だいぶ時間が経っても改めて思い出してしまうと
まだまだツライ気持ちが蘇ってきてしまうんです。
一周忌ぐらいまでには葬儀が終わる部分まで書きたいな。と思っています。

ホントに書きたかったのはその先の事務的手続きなんだけど
あまり時間がかかるといろいろ忘れちゃいそうです。(笑

さて、昨日、休日だったのでお墓参りに行ってきました。
実家までは時間がかかるけど実家からは
バス、電車を乗り継ぐものの40分ぐらい(もっと近いかな?)の
割と近い場所にあります。
まぁ新たに作ったお墓なので近い所を選んだんですが。

本来であれば葬儀の想い出話の後、
各種手続きとかと一緒に書こうと思っていたのですが
ちょっと先に書いてしまいます。(いづれ同じ内容を書くと思いますが)

信仰とお墓に関して。

このブログでは何度も書いて来ましたが我が家は無信仰なんですね。
しかし同じ無信仰であっても温度差はやっぱりあるんです。
ボクなんかは「墓なんて無くてもいい」ぐらいの感覚なんです。
もちろん自分の家のお墓が物質としてある以上は
ある程度キレイに保って置きたいという気持ちがありますから
お墓参りに行くのは苦痛ではありません。

ご自身が強く「無信仰である」と考えている方の中には
ボクと同様に「墓なんて無くてもいい」と考える人もいると思うんです。

今は普通にいろんな弔い方がありますから
お墓を必要としない方法ってありますよね。
たとえば散骨とか。

もちろん葬儀やお骨のあり方は自分の納得する形で
弔ってあげるのでいいと思うんですが
「家族の温度差」というのは念頭に入れて置いた方がいいです。

母は特に信仰心をもっていませんが「墓参りをする」という
行為そのものが父との想いを整理するために機能していると思います。

もし家族内での温度差を無視してボク自身の考えを押し通し
仮に散骨していた場合、母の想いの行き場が無くなってしまっていた。
昨日の墓参りでそんな風に思いました。

もちろんこれは我が家の場合のお話です。

お墓に納骨しても、散骨しても、人工ダイヤでも…
家族皆の想いを叶える事を考えるのが重要だなぁ。と思います。

「墓なんていらない」と「墓はあって欲しい」で
意見が食い違うのであれば「いらない」と思う方が折れるのがいいかも。
「いらない」側は別に墓があっても参らなければ済みますが
「欲しい」側は無いと想いの持って行き場が無くなってしまう。

ボクは上記の通り「墓なんていらない」と思っていましたし
墓参りに行っても「そこに魂が〜」などとは微塵も考えていません。

ただ墓があることで「参りたい」という母の気持ちの整理になりますし、
この歳で母と連れだって出掛ける事なんてはそうそうありませんから
ボク自身は「墓があるのもいいものだな」と思っています。

もちろん墓に参ればお墓を掃除し
花を手向け線香をあげ
手を合わせる。

魂など信じていなくても家族と一緒に
故人に想いを馳せる行為には意味がある。

そういう時間と考えれば有意義だな。と考えるようにしました。
昨日は亡き父に想いを馳せると同時に
新たな挑戦の為に海外に旅立った友人に想いを馳せました。
posted by shin at 09:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月07日

通夜が始まるまで。その2

親族が揃ってくると葬儀屋さんから
親族一同は通夜が行われるスペースに案内されます。
もちろんこの段階で親族側が全員そろっている訳では無いので
受付で親族と友人で待機場所が振り分けられます。

受付が開いた後も時間があれば受付付近で
参列に来た方へ挨拶するのも良いかと思いますが
始まる時間が近づくにつれ人が増えてきますので
受付付近に人が対流しないよう自身の居る位置は
考えた方がよいかもしれません。

あとで通夜振る舞いの席もありますので
このタイミングでは挨拶はしないで
通夜の行われるスペース側に
待機していてもいいかと思います。


座る場所の説明・焼香の順番・タイミングなどの説明。

そんなこんなしているうちにお坊さん到着。
葬儀屋さんから報告を受けて控え室の方へ挨拶に行く。


控え室に入るとお坊さん2人。

坊「本日は2人で務めさせていただきます。」

 「よろしくお願いします。」

これまでも書いて来ましたが我が家は無信仰。
滞りなく済ませたいという事で葬儀屋さんに
手配してもらったお坊さんです。
ですから当然、住職が来る訳ではありません。

坊「住職から預かって来ました法名(戒名)なんですが…」

と説明が始まる。

コチラは信仰を持っている訳ではないので
正直、特にありがたみも無いのですが
わざわざ来てくれたお坊さんを不快にさせる必要など
ありませんので一応真剣に拝聴する。

ちなみに父に付けられた法名(戒名)は漢字3文字。
お布施の金額が多いほど文字数は増えます。
そして位が高いとされる文字などもあり
それらの文字もお布施の金額によって決まります。

信仰心の無い人間からするとどうでも良いことです。

以前のエントリーに書きましたがお布施の金額は
葬儀屋の方から事前に
「30万円を目安に考えてください。
 もし予算の問題とかあれば25万円とかでも大丈夫です。」
と伝えられており我が家としてはお布施という名の
出演料でしたので躊躇なく25万円にさせていただきました。

この金額は葬儀屋さんを通じて依頼する際に
お寺さん側に伝わっています。
「お心遣いですから〜」なんてウソですから
曖昧にされるよりは「30万、交渉可」でありがたかったです。

法名(戒名)の説明が終わるとお寺の紹介や
49日、納骨についての説明があります。
宗教的な考え方の説明のように話は進みますが
ようはセールスと同じですのでなんとなく聞いておきます。

「困った時にはコチラに電話していただければ〜」とパンフレットを手渡され説明は終わります。

宗教人といっても日々の運営がありますからね。
そういったセールストークも必要なのでしょう。


我が家の場合はお布施を出演料と考えるようなスタンスでしたから
「あぁお寺さんもセールス大変だなぁ」と聞いていました。

でも、人によっては通夜の場、お坊さんという慣れない状況ですから
そういったセールストークも何かありがたいものに感じる人もいるかもしれません。

もちろんご自身が納得されるのであれば
葬儀後にどういった選択をしても構いません。
しかし相手が話すままに受け取って行動し始めると
(49日や納骨について本当にパンフの番号に電話するとか)
これまでお付き合いが無いお寺さんとお付き合いする事、
ひいてはその宗教に入信する事と同義になりますからよく考える必要ありです。

これらの事に関してはまたいずれ書く機会があると思いますが
今日はこの辺で…。
posted by shin at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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