2013年09月06日

会場へ。

母の着付けに若干時間が掛かっていたので
ボク、ヨメと妹は先にタクシーで会場へ向かう事にした。

年に1度実家に帰っていたとはいえ
駅から自宅への決まったルートのみ。
数十年ぶりにそれ以外の場所を通った。

途中、桜並木を通り掛かると
春一番とばかりに強風が吹き桜吹雪が舞い散る。
タクシーの運転手さんがワイパーを使う程だ。

これも当然偶然の出来事。
とはいえ、こういうときに起こる出来事に
人はいろいろな事に意味づけをしてしまう。

時期が冬であっても晴れていても、雨でも、
何か関連づけた意味を考える。

でもそれでいいんでしょう。
それらの意味づけは想い出として残るのですから。



会場に着くと葬儀社の人に挨拶。名刺をいただく。

この日から担当が変わった。

別に不満はない。
もちろん最初から最後まで同じ人に担当してもらった方が
安心感はあるが葬儀屋の人も当然お休みの日もあるだろう。

当初、担当してくれた方は若い人。
打ち合わせの段は決める事も多いので
仕方ないのかもしれないが矢継ぎ早に
イロイロな事が進んで行った。
遺族と一緒のテンションでは何も決まらないので
これはこれでありがたかった。

この日からの担当は若干、歳もいっていて
前担当よりも落ち着いた印象。

担当の交代はシチュエーション的にも合っていたかなぁ。と。

ただ注意しなければならないのは引き継ぎ。

もちろん業務に必要な最低限の情報はキチンと
引き継がれていましたがそれ以外の細かな話は
伝わっていないと思った方がいい。

例えば我が家の場合は無信仰であるという事。

既に書いて来た事だが我が家では
無信仰ではあるが滞りなく進行する為にお坊さんを呼んだ。
これから行われるのはいわゆる普通の仏式の葬儀である。
普通の仏式の葬儀を行う段取りもろもろは
きちんと引き継がれているが

「無信仰の葬儀は出来ないのか?」と質問した事や
いわゆる普通の葬儀にする為にお坊さんを手配してもらう際に
葬 「では宗派は?」
ボク「何と何があります?」
葬 「え…2つや3つでは無いんですよ…」
などの下りは伝わっていない。
故に微妙な齟齬が産まれるシーンが何度かあった。

担当が変わったからといって改めて
細々としたいきさつを説明する必要は無いが
「それまでに話した事は全て伝わっている」と
思っていると話がかみ合わないので
もし担当が変わった場合は「伝わっていない」と思って
行動・質問するように心がけるのがいいと思う。


名刺をもらった後大まかな説明を受ける。

メモとまで行かなくても小さな紙辺と
ペンは用意しておいた方がいい。
(喪服の状態で持てるような簡単なもの)

通夜・告別式で遺族は
葬儀屋にサービスを受けるお客であると同時に
参列者からすれば式を取り仕切る主催者になる。

葬儀屋に言われるママに動けばいいのだけれど
参列者は質問があれば遺族に聞いてくるので
葬儀屋から、もしくは参列者から説明を受けた際、
その内容と回答をメモにとって置くといい。

不慣れな場でバタバタしていると
いつもなら覚えていられるような事でも
「あっソレさっきも質問されたなぁ」
と、いう事だけ覚えていて
その回答を忘れるなんて事がママある。

それから大まかな全体の説明を聞いたとしても
全てを覚える事は出来ないし、
そもそも細かな説明は含まれていない。

「自分が次に何をするのか?」というのは
常に意識しておくと「あれはどうするのかな?」と
細かな事に気が回るようになる。

わからない事・困った事はその都度
遠慮なく葬儀屋さんに質問して行きましょう。
posted by shin at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

出発。

葬儀当日。
非常に良い天気の日だった。

通夜は夕方から。
家族は始まる30前に会場に着くよう言われている。
実家まで1時間強かかるので余裕を見て
お昼過ぎにウチを出る事にした。

当然だがこの日はヨメも参列。
ヨメは父が亡くなった日に旅行へ出掛けていた。
母から病院へ来るよう言われた段階では
誰もその日が命日になるなどと考えていなかった。

ヨメに「その日、旅行の予定なんだけど。」と
言われた時も「行っておいで」と。

これまで年に1度、正月しか帰って来なかった息子が
急にヨメを連れ立って病院などにいったら
父も「アレ?オレ死ぬの?」と思うだろうから
あえて旅行をキャンセルすることなく出掛けて貰った。

もちろん旅行先のヨメにも父の訃報を伝えたが
急いで帰ってきて貰っても特にする事はないので
通夜・告別式の日の仕事を休めるように調整してもらい。
旅行自体は予定通りに過ごして貰った。

結果、実家から自宅へ戻った時に
一人の時間を持てる事になったのでこれは良かった。
ヨメのいる家で挨拶文を考えるのは大変だったと思う。



通夜・告別式の会場は一家族限定の割と広い会場で
布団を敷ける部屋は狭かったものの館内各所にある
ソファーを使えばかなりの人数が宿泊できる場所。
東北出身の母の兄弟は会場に泊まる事になっている。


喪服と寝間着代わりになる
簡単な部屋着を用意し実家へ向かう。

良い天気の日であった事、
平日のお昼の割とすいた電車であったこと、
1泊分の荷物を持ち実家に向かう道中は
不思議と晴れやかな気分でちょっとした旅行にでも
行くような雰囲気だった。


実家に着くと父が亡くなった日に
駆けつけてくれた近くに住む
叔父・叔母が既に来てくれていた。

叔母が母の着付けをしている間、
しばし叔父と話をし程なくして喪服へと着替える。

自宅から葬儀場へ持っていくものは
事前に葬儀屋さんからリストを貰っていた。
ほとんどは葬儀屋さんの方で手配してくれるので
自分の衣服以外で持っていく物は意外と少ない。

意外とかさばったのは遺品のたぐいだ。

最初の打ち合わせの際に棺桶に入れる
生前愛用していたものなどを
準備するよう言われいくつか用意していた。

2度目の打ち合わせでそれを見た葬儀屋さんが
「もっと入れられますよ。」などというので
母は洋服やらなにやらを大量に用意していた。

もちろんボクには分からない想いが
あったのだろうが、あまりにも多いので

「これじゃ火葬に乗じた不要品の処分と思われるよ。(笑)」

と、半分ぐらいに減らしてもらった。

その他リストに挙げられているものを
入念に確認し会場へ出発した。
posted by shin at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月30日

葬儀の日。-前置き-

バタバタと過ぎた葬儀屋さんとの打ち合わせから
通夜までの間、丸1日時間が空いた。
張り詰めた時間から一瞬解放された
この1日はとても大きかったと思う。

主に挨拶を考える事に時間を費やした。

しっかりと睡眠を取ることが出来たのも良かった。

通夜・告別式の間も半日は時間が空くとはいえ
落ち着いて寝られる状況ではないので
タイミングを見てしっかり睡眠を取る事は重要だと思う。


悲劇と喜劇は紙一重とよく言うが
実際父が亡くなってからのバタバタと過ごした時間は
普段経験しない事ばかりなので時が経つと笑い話にもなる。

このブログを書いている今、
既に充分な時が経っているのでこの後のエントリーは
もう少し砕けた感じで書いていきたいと思います。
posted by shin at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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